(メルマガ)恩人?のOさん
- レポート
- 2026.06.15
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誰もが、あの人によって大きく自分の人生
は変わった、ということがあると思います。
私にも何人かいるのですが、中でもOさん。
30代前半に、激しい口論をして以来、付
き合いを絶っています。
その時はとんでもない人と関わってしまっ
た。
出会わなければ良かった、と心底思ったも
のでした。
でも、今自分がこんな風にやっているのは
もしかしたらOさんのおかげかもしれない
と思っています。
Oさんは私より10歳くらい上の人で、良
く言えば天才肌。
悪く言えば非常識な人でした。
私がまだ20代の頃でした。
フリーランスでやっている友人が、お客さ
んから会社にしろと言われている。
僕が社長をやるから、中村さんは会計士で
しょ。
専務にしてあげるから手伝ってよ。
会計士といっても、中小企業の経理や税金、
法律関係はよくわからなかったのですが、
実践しながら強制的に理解することになり
ました。
その友人さんの御蔭で経営は順調。
しかしながらあるときOさんが、自分も物
販で貢献するから、と言い出しました。
中村さん、香港に一緒に買付に行きましょ
う。
フライトはビジネスクラスをご用意します
よ。
現地に着くと、化粧品店を巡りながら商談。
Oさんは、同じ高校・大学の先輩でもある
のですが、エール大学の大学院を出ている
ので英語が達者です。
当時は強かった円のパワーを使って、大量
の口紅やマスカラを数百万単位で購入しま
した。
YSL、LANCOME、CHANEL、Dior・・・
その色別だか何だかの品番を特定しながら
あれこれ。
それをパッキングして日本に送る。
それ以外の注文品も後日届きました。
そして、知り合いの会社に納品。
そういうことを何回か繰り返し、私も2~
3回ご一緒しました。
Oさんは毎回
「また旅行をしながら儲かってしまった」
とご満悦です。
ただ、そこからがOさんが凡人と違うとこ
ろ。
私が請求書を書くから明細を出してくれと
言っても、なかなか出てきません。
請求書がなければさすがに払ってくれない
からちゃんとやりましょうよ、と言っても
興味がなさそうです。
最初のうちはなんとか頑張っていたのです
が、終盤には本当に出て来なくなりました。
そのくせ、会社の預金は、あちらの銀行の
定期に預け替えた方が得ではないか、とか
言ってきます。
私は言いました。
「Oさん、それをやればたしかに年1,2
万得するかもしれませんけど、請求書を書
いて何百万か回収した方が良いじゃないで
すか」
それに対するOさんの答えは
「中村さん、それは違いますよ」
でした。
え、なんでですか!?
Oさん曰く、
金利計算をして得るオカネは頭を使った結
果であって価値がある。
でも、請求書を書くのは作業に過ぎないか
ら。
とのことでした。
なんだそれ。
天才過ぎて意味がわからない。
そんなことを繰り返すうちに、一緒にやっ
ていけなくなりました。
でも私がどこかの会計事務所で修行せずに
開業できたのは、Oさんの会社での経験の
おかげ。
(それでも今思うとよくやったと思います
が)
また、独立当初から新卒採用を続けてきた
のもあるときOさんに、
・中村さんは作業をしていてはダメですよ。
・新卒採用した方が良い。
・求人広告サイトに無料で出せば良いです。
と言われたからです。
当時はネット求人黎明期。
掲載社数を増やすために、各社が無料で出
稿企業を募っている時期でした。
でも、自分の仕事ですら心配なのにいきな
り新卒採用ですか?
という私に対して、
長い目で考えたら良いに決まってます、と
いうことでした。
当時は就職氷河期と重なったこともあり、
そんな所にも横浜国大の人が来てくれまし
た。
その時採用した人は今もいてくれて、そこ
を基点に、うちの事務所は新卒採用を続け
ています。
今年4月入社は5人。来年4月の内定者は
6人。
退職者を出したり、中途採用もしながらで
すが、事務所の人数は80人を超えました。
今のこの状態は、Oさんのおかげと言えば
そうかもしれません。
そのOさん。
今どうされているかはわかりません。
天才過ぎてどこかで野垂れ死んでいないと
良いのですが。
■まとめ
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今のこの状態は、Oさんのおかげかもしれ
ない。
■編集後記
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先週も、神奈川県の会計事務所を買わない
か、というM&Aのお話が来ました。
60代の先生+40~50代の数人の職員
さん。
少し考えていたら、Oさんにあのとき採用
を勧められなかったら、自分の10年後も
こうだったかもな、と思いました。







